ウキアシタタズ

頑張れたことを頑張って書きます

考えてたこと③

3.不便

便利なことって沢山あるけれど、便利って楽しいか?って言われると微妙なところです。

 

便利になって、出来なくなることは沢山あります。道具なしでいきなり「火をつけろ」と言われても大体の現代人は出来ないでしょう。


それは火を付けることにかかる時間やコストが無駄だから、時代が進むにつれて淘汰されたとも言えます。だから便利が悪いと言いたい訳ではありません。(この文もスマホで打ってるし)

 

ただ、ゼロから火起こしをあえてさせるような経験が出来る場所というのは今でもあります。当然需要があるからです。

 

火起こしをすることで、文明の進展を感じたり、いざと言う時に備えたり、サバイバル気分を味わったり、人によって楽しみ方こそ違いますが、そこにニーズや価値が生まれることは多々あると思います。

 

これはごく一部の話で、不便だからこそ楽しめるものっていくらでもあると思います。
私はゲームが好きなので、安易にFFを例に上げちゃいますが、冒険始まってからいきなり飛空挺が使えたら、嫌じゃないですか。旅で大体の村やダンジョンを歩いて回るっていう「不便」があるからこそ、終盤のワープなり飛行艇に感動できる訳ですよ。

 

ゲームばっかの話で申し訳ないですが、属性三すくみだとか、ジョブシステムの得意不得意だとか、楽しみの中にも不便は溢れてます。いや、不便があるからこそ、面白さは際立ちます。

 

歩き旅の話に戻ります。ここまで来れば話の流れは察しが着くとは思いますが、歩き旅は不便だらけです。遅い、疲れる、宿はない、寒い、暑い、危ない、もっとありますね。

 

だからこそ、不便をどう乗り越えるか、壁にぶち当たった時に、自分を輝かせるチャンスになりうるんです。「俺スゲー」って思えるんです。不便が生むのは工夫で、工夫は面白い。

(おわり)

 

おまけ
また「歩く」という、人にとっての原初的行為に立ち返ることで、ヒトの身に微かに宿る魔力の素養を限界まで引き上げることが出来る。
(現象を魔術の一端として捉えることが可能になる)

 

急に何を言っているんだこいつは、鋭い眼光を目の前の男に向ける。向けざるを得なかった。関与する必要などないのに、足はその場を離れず、目は男の姿を追い、耳は既に男の声に傾いていた。身体の不自由は、男に対する不信感を更に高める。

 

「君たちが呼んでいる科学というものは、あたかも魔術と呼称しても大きな差はないんだよ。」
大袈裟に身を振りながら、なるべく大仰にその内容を伝えようとしてくる。不愉快だ。

 

「仮に君がーーー。そうそこの君だ。君が遥か彼方、1000年前の人間ならば、現代の文明の発展を見て『これは魔術なんだ』そう告げられたならば、信じる他ないのではないだろうか。」

 

「要は呼び方の問題でしかないのだ。魔術に相応しい形に押し込めば、そこに差などありはしない。一つ例を示してみようか。」

電車というのは、
「駅」という魔法陣の中で
「切符」を媒介に
「距離」を対象にしたーーー
圧縮魔術である。

 

「『電車に乗る』たったそれだけの行為が、魔力を持たない人間に赦された、簡易的な空間圧縮術式なんだと、そう思わないかね。」

 

「自分も魔術に触れている?」あまりに現実離れしたこの事実に驚愕したのか、あるいは目の前にいるこの男の語り草に怯んだのか、一瞬の狼狽を生んだ。
男はそれを見逃さなかった。言葉を次ぐ。

 

「文明の利器に頼りきった現代の人間は、その現状を、利便性を、当然だと思っている。
ーーーいや、当然であるからこそ、当然か否かを問うことも忘れている。」

「そんな《当然》という呪縛から解き放たれる為の手段、それが徒歩であり、魔術を通して観測するということなんだ。」

 

何なんだこいつは。さらに嫌悪感が増し、舌打ちする。

 

「利便性の不認知、あるいは『当然』が常駐した精神汚染に対する、防壁・隔離の術式」
男が早口でまくし立てる。
舌打ちなど聞こえなかったように、狂ったように話し掛けてくる男をただ呆然と眺める他なかった。

 

「当たり前のことを当たり前じゃないと認識するためには、『一度失う』必要があることは、了承済みかな?そうでなくても、君はもう知ってるはずじゃないか。失敗する前から後悔なんて出来ないってね。間違えるから後悔出来るんだ。本来あるはずの《成功》の欠如、それが後悔の正体だ。」

 

本当に不意に、琴線に触れられた。誰が、後悔なんてーーー。知ったような口を聞くな。しかし、激昴は声に出ない。

 

「今まで当たり前だった、誰かを亡くす、モノを失くす、何でも構わないが、これらは大抵、不慮の事故のはずだ。コントロール不能で、神の采配たるものだ。」

 

「こういう偶然からしか、人は自分の傲慢さに気付かないのが普通だ。しかし、それでは実際に何かを失くすという実害が起きてからでしか、身動きが取れないーーー手遅れだ。」

 

男は先程までは見せなかった憂いの表情を浮かべながら、淡々と言葉を紡いでいく。ただ、何かあったのだろうかと、詮索する余裕はこちらにない。

 

「だから、自らで仮の「喪失」を創造すればいい。それが私の魔術体系の根本さ。」

先程までの憂いが冗談のように、声のトーンが上がり、傍から見ても高揚しているのが分かる。空気が薄くなる、熱気を帯びる。
そしてーーーー。

 

「徒歩!」

男が叫んだ。風が哭き、空気が振動する。意味も大してないであろうその咆哮に耐えられず、体勢を崩す。


男は何かを仕掛けてくる。そう身構えていた事が幸いだった。気までは失っていない。だが、肋骨が何本か折れている。

 

「徒歩とは、人の根本だ。前に進むための根源的ツール。だからこそ、歩く事以外は排除する。前に進むこと以外の《当然》を擬似的に失わせる。交通手段も!人間関係も!宿も!」

男は悠然と構え、続ける。

 

「そして気付くんだ。自分が如何に《当然》に囲まれていて、それなしでは無力でどうしようもない奴だってことをさ。」

私は黙っていた。黙るしかなかった。先程までの怒りはどこへ行ったのか、対峙する2人を包んでいるのは悲壮感だけだった。

 

「もう一つ、擬似的とはいえ、喪失の旅のあとに見えるものを、君は知っているかい?」

言葉が出ない。首を振ろうとするが、それすらも叶わず、空白が会話の間を埋めていく。
男はふっと笑って、両手を広げる。

 

「自己肯定だよ。自分が《当然》抜きでここまで出来るんだ、という認知だ。自分が如何に無力かを知るのと同じように、自分の本来の力を思い知るんだ。」

 

体に力を入れる。軋む。激痛が全身を包み、ギシギシと嫌な音を立てている。それでも、立ち上がる。まだ聞かなきゃいけない事が沢山ある。

「へぇ、まだ動けるんだ。もう止めればいいのに。ーーーそうだね。終わりに、しようか。」


彼は告げる。その魔術を。
この先もずっと。


ーーーこんなことを脳内で描きながら、歩いていたと話したならば、笑われるだろうか。足を動かしても動かしても変わらない景色の中で、悠久の時間を過ごしてもらえば、少しはこの気持ちも分かってもらえるかもしれない。
話す相手はいないから、頭の中は空想ばかりを描いていく。

残り、100km地点にて。
(なんだこれ)

考えてたこと②

2.実体験は「答え合わせ」

またも思考垂れ流しシリーズです。

 

世間の色んな事の大半は、本で読んだり、テレビで見たり、噂で聞いたり、想像したり、そんな事で知識として「知っている」ことが沢山ありました。今もそれらが脳みその殆どです。

 

普通、生活していくだけなら「知ってる」だけでも十分なんですよね。むしろ、一々経験して学んでるようでは人生時間が足りません。

そういう意味では、世間に蓄積されてきた知識(本とか)というのはとっても便利で、ある意味人間に時間を与えていると言ってもいいでしょう。

 

でも、知ってるだけでいいの?ってことも生活していると沢山あります。実体験もないのに全部知ったかのように話すのは、抵抗があります。それでコミュニケーションを取るとすれば、尚更無理があります。

それはどうしてでしょうか。多分、感覚を伴わないからです。感覚が伴わないというのは、実感がないということです。実感がわかない話を聞いても、実感がわきません。(当然)

 

話を本題に戻します。この徒歩旅は沢山の感覚に溢れたものでした。沢山歩くことがどれだけ大変で、大変なことの後の銭湯がどれだけ爽快で、目的地に着いた時の達成感がどんなものか、それらを実感する旅でした。

そして、私はそれらがどんなものか大方の想像が付いていました。それでも、想像だけで終わっていた「旅」と実感のある「旅」では、大いに違います。違いました。それこそ何となく「想像」できるはずです。

 

想像、というのはあたかも自分の経験を越えたものも脳内で描けるように感じますが、想像の質は実際はその個人の経験(実感の数)に依存します。
例えば、恋愛そのもののメカニズムを知っている「だけ」の人と、恋愛を重ねてきた人とでは重みが違います。
何かに困った時、知識が豊富な人よりも、経験豊富な人に何かを縋りたいと思うのもそのせいだと思います。

 

私が言いたいのは、
「想像なんかたかが知れてる」
ということです。想像をいくらしても、実感に敵うことは大方ありません。何かが予想外ですし、今までの実感の積み重ねこそが、想像を支えるものだからだと私は考えるからです。

 

だから、もしかするとここで話しているのも皆さんの想像を掻き立てるだけで、私の本当の実感をお伝えするのは難しいのかも知れません。

だからみなさんには、歩き旅というアホなことでなくてもいいので、「想像」だけで終わっていることを「実感」して欲しいと思います。それが私の考える……"答え合わせ"です。

(おわり)

歩いてる途中で考えていたこと①

 

旅をした話をして、よく聞かれることがあります。(先日も浜松から大阪まで歩いてきました。やったぜ。)

「歩いてる途中何やってんの?」
「音楽を聴くか、何か考えているか、しりとりをしている。」
「えぇ…(ドン引き)」
というやり取りに大抵なります。(憤怒)

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「じゃあ、何を考えてたの?」と聞かれて、ちゃんと答えることが出来なかったので、今ここでグダグダと書いていくことにします。

※考えていたことをそのまま文に起こしていたり、謎の「誰か」に向けて書いているので、読むと回りくどくて仕方ないとは思いますが、
「コイツ…こんなこと考えてんのか…」
と私の頭を覗き見るつもりでサラッと流して下さい。3回くらいに分けて投稿します。


1.冒険を、しよう。
なぜかゲームのキャッチコピーのようなタイトルになってしまいましたが、皆さんが最後に「冒険」したのはいつでしょうか。大人になればきっと私のように時間を取って旅をする、なんて冒険はなかなかできないでしょうが、「危ない橋を渡る」そういう意味の冒険なら、割と思い出せるんじゃないでしょうか。

 

一般的にリスクを取らなければならないシーンというのは忌避されます。だからこそ自分で自分を追い詰める、そんな機会が必要なのではないか。危ない橋を渡ってこそ、次の危ない橋を乗り越える糧になると思います。

 

長い目で見るとリスクを取らない方がリスクになる、なんてことは多分自分では気付けません。大体、壁にぶち当たった時、壁しか大抵見れませんし。それが今まで逃げてきた「壁」なら尚更対処法なんて分かりません。

だから、実生活に影響のでないレベルなら、冒険をしてリスクに食ってかかった方が、結果的にリスクに怯えずに済むかもしれません。

 

日常的に人はリスクのためにリスクを犯しています。
例えば、普通に生活してれば、スポーツで汗なんてかかなくても余裕で生活出来るのですから、意図していないだけで身体に負荷をかけている。そういうリスクを犯しています。でも実はそれ(スポーツをすること)が健康的であるとも言える。そういう意味ではこの旅も、スポーツも、勉強も、仕事も、どんなことも命に負荷をかけたり、時間を消費する行動です。

 

人生において、死ぬまでトータルで考えて、疲労感や怪我、苦労を軽減したいなら、トレーニングや鍛錬をしなければいけません。

 

そしてトレーニングもまた、命に負荷をかける行動です。早いか遅いか、それだけの違いです。当然、歳を取れば冒険なんて出来るわけもないですから、早くからリスクを背負っていくような冒険をするべきだと私は考えます。

 

私の徒歩旅は、簡潔に言えば1人きりの旅で、いつものようには他人を頼れないことと、普段の自分がいかに恵まれた環境を「当たり前」だと思っているか、を思い知るものでした。

 

私にとって徒歩旅は
「周りに頼りっきりでないと生活出来ないリスク」
「当たり前でないことを、当たり前のように錯覚するリスク」
を軽減するための、大冒険でした。(おわり)

シンガポール、行きました。②

間が空いちゃった…
続きものなのにダメですねこれは…
前記事はこちら。

 http://frasco5936.hatenablog.com/entry/2017/01/21/133057

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3日目

この日の目玉は「USS(ユニバーサルスタジオシンガポール)」ですね。オープン前から遊園地に並ぶのなんて7年ぶりくらいです。オープン5分前くらいから喋りの上手いスタッフが英語でもりあげてくれるのですが、英語力の乏しい私には以下のように解釈できました。

「おはよーッ、闇の者共、光の者共!

「これから楽しんでもらうんだから、エネルギーがなくちゃあいけないね!」

「ウォーミングアップがてら、拍手で各チーム(闇と光の)盛り上がりを見せてくれ!」

「光の者共!いくぜ?せーのっ!」 (拍手)

「いいねぇ!すんげぇpower(ネイティブ)!」 「闇の者共!負けてらんねぇよな?ん?」

「いくぞ?せーのっ!」 (弱い拍手)

「おいおいおいおい…これはいけねぇなぁ…」 「光の者共ッ!お手本を見せてくれ!」 (以下略)

思い出しながら脚色して書きましたので、大部ブレはありますがこんな感じでした。ちなみに当時私が「闇の者共と光の者共」と解釈していたのは本当です。多分間違ってますし、客を闇の眷属呼ばわりは流石に無いでしょう。

※時間が経って考えてみたら、「right」と「light」を勘違いして光だと思ったんじゃないかと思います。アホ過ぎる。

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乗ったもの

これ凄いっすね。USJで言うスパイダーマンだと思います。行ったことないので曖昧ですけども。浮遊感がクセになるか吐きたくなるか、二択を迫られます。意外なのはトランスフォーマーと言えば日本でもよく知られているし、相当並ばなきゃまず乗れないと思いがちですが、平日なら1時間で乗れます。しかもそれがピーク時だったっぽいので、その後2回目は10分とかで乗れました。決してクオリティが低いわけじゃなく、単純に混んでいない。

こちらも日本なら気が狂うほど待たなければ乗れなさそうですが、体感20分くらいで乗れました。水に濡れる系のアトラクションです。座る場所によってはアホみたいに濡れます。私はそうでした。向かいの席の女児に知らない言葉で笑われたのが印象的です。

  • revenge of mummy

エジプト的な雰囲気のエリアにありました。枠としてはTDLのスペースマウンテンって感じです。暗い中をジェットコースターで突っ切るイメージ。近くでアヌビスマンと写真撮れるのも魅力です。イケメンボディ過ぎる。

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↑真似できなくて江頭2:50みたいなのが私です

「踊るの好き好き!」で有名なやつです。USS内だと子ども人気が高そうなアトラクションな気がします。私自身のテーマパーク経験がないので例えるのがTDLくらいで申し訳ないのですが、これはTDLのイッツアスモールワールド枠です。「歳をとると良さがわかるアトラクション」なんて言われていますが、こちらマダガスカルも同じようなものでした。良さが分かる…ってよりは単純にゆったりしてるので、「癒し」という側面の方が強いと思います。

 

これだけちょっと原作が分からなかったのですが、ヒューマンとサイロンという二種類のジェットコースターが対になってます。このUSSの中だと1番スリルがあるアトラクションでしょう。二つとも乗りましたが、体感サイロンの方が怖いです。

他にもいろいろありますが、割愛。

システム面で驚いたのは、人気アトラクションには手荷物を預けるためのロッカーが付いていることです。ジェットコースターの類はほとんどが手荷物NGなのでスタッフには「そこに預けてこい」と指さされます。んで、このロッカーが特徴的で、1時間まではタダなんですよね。まぁ毎度毎度金とってたらタチ悪いのですが、待ち時間と延長料金までの時間がぎりぎりなので、一回アトラクションに乗る度に焦ります。

何より危なかったのは、全員が財布ごとロッカーに入れたせいで「延長した場合取り出せなくなる」状況になったことです。言葉もあまり通じないので、本当にそうなってたらヤバイヤバイ。

 

遊園地の帰りといえばお土産ですよね。観光客が多いのもあってUSSのお土産コーナーはかなり充実してました。USSにいたキャラクター達はもちろんですが、お菓子の類の充実感は半端なかったです。Hersheyのチョコレートやジェリービンズ、気色悪い色のマシュマロまで外国のお菓子天国でした。極彩色とはまさにこのこと。

外国のお菓子が好きな人ならUSS行かずにここだけでも十分楽しいです。Hershey棒太郎(適当)とかもいて写真を一緒に撮ってくれます。私は着ぐるみ全般が怖いので普通に断りました。

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断りました。(写真は私じゃないです)

 

帰りは夜くらいになりまして、やっぱり夜景が綺麗なのがシンガポール。横浜の工業地帯によく見られる「通称:麒麟がこちらにも建ち並んでいました。飛行機でシンゴジラ見たのもあって庵野節を連想させますね。

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4日目
シンガポール滞在もこの日が最後です。リトルインディアに向かいガチのカレーを頂くところから私たちの1日は始まりました。私たちが頼んだスペシャルカレーは、オーダーが入ること自体珍しいらしく、若干店員とお客さんがはしゃいでました。自分の携帯で全く関係ない私たちを撮るのだから、余程なんでしよう。美味しさは文字通りスペシャルでした。

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↑色んなスパイスを楽しめる。真ん中のはナンのようなもの。

食後はセントーサ島にまたも行くことに。目的は水族館です。最近水族館でのクラゲ人気が凄いということで、若干の期待を持ちつつクラゲコーナーに足を運ぶと、やはりクソ綺麗でした。流行る理由はわかる気がします。

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なぜかポケモンのイベント会場も隣接していたので、ついでに寄っていくことにしました。
日本人?と聞かれ、なら上級コースでも平気だな、と案内されました。日本人はみんなポケモン上級者という認識なんでしょうか。

そんなこんなで4日目終了。アンカービールでこのシンガポール観光はシメました。5日目は殆ど移動なのでカァット!

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↑飲みやすいぞアンカービール。

おわりに
シンガポールはいい所でした。というか、汚い場所がほとんど無いですね。観光に特化しているせいか、割と旅行初心者でも楽しめるのがgoodです。ただ一つだけ注意しなければならないのは、物価は日本と大差ないのでアジア圏だと思ってナメていると、財布に痛手を受けることになるでしょう。あと暑い。
夜歩いても治安がいいので安心ですし、夜景も最高なのでその辺も楽しめるポイントでしょう。あー楽しかった。(おわり)

シンガポール、行きました。

はじめに

激しいバイトとの戦いの末、多くの報酬を得た私は以前から計画していたシンガポール旅行を実行に移すことになりました。(実際はかなり前から準備していましたが)旅行慣れした友達がかなり安く用意してくれたので、2泊5日という厳しめのスケジュールで楽しめました。ぜーんぶひっくるめて7万円なんで安いと思います。ちなみに人数は私含めて四人いました。

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1日目-2日目

出発は成田空港なので、遠い。遠すぎなので、ずっとポケモンやりながら暇を潰していました。最新作サンムーンで好きなポケモンはダダリンです。到着して友人と合流した後飛行機に乗り込みました。今回の旅行では北京で乗換が必要だったので、6時間くらいで北京で降りました。その後5時間ほど空港で時間を潰して、夜の12時に出発、また6時間ほどで到着。
これ友達いたから楽しかったものの、乗り合わせ含めて時間もったいなさ過ぎですよね。飛行機の乗り換えは2度と使わんぞ!安かったから良いけど。


朝6時に到着し、スペシャルパスとやらで早くからホテルにチェックインできるということで、時間通りにホテルに行ったものの、受付のおっさんに
「あぁ?それ予約してくれたのね、どうも」
でもでもでもね、前の客まだ居るから」
「11時まで飯でもくって時間潰してこいよ
と言われ(超意訳)、外国特有のガバガバシステムを見せつけられました。

 

仕方がないのでホテルに荷物を預けて、シンガポールの街を歩き回ることにしました。
割と都市部と近かったので、ビル街やマーライオンまでサクッと着いてしまい、結局散歩ではなく普通に観光になっちゃいました。シンガポールの中にはいくつか〇〇街のようなものがあり、チャイナタウンリトルインディアなど各国の雰囲気が思いっきり漂う空間があるのも特徴的でしたね。チャイナタウンとかホント中国そのものでしたし、住む人によって街の雰囲気って作られるんだな…なんて思います。

↑チャイナタウン一角。売ってるものも中国感MAX。


さて、都市部なんですが、これがもう超ビル街なんですね。金の匂いがすごいんですよ。走ってる車ほとんど外車だし、いろんな物事がここで動いてる感が半端なかったです。そして呑気に水を吐き続けるマーライオン。結局マーライオンが何者で、何故あの姿なのかは分からなかったので、何らかの守護神というポジションなんだということにしました。あと一体だけじゃなくて沢山いるし、よく分かりません。

次は観覧車(約2800円)に乗りました。いくつになっても高い所は楽しいですね。結構独特な形で、2~3グループ相乗りなんですよね。その分大きいんですが、「わざと揺らしてビビらせる」みたいなのが出来ないのは残念です。ただ下以外全面ガラス張りなので、そんな事しなくても怖い人はかなり尿を漏らしそうになります。

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↑高いよ、高いです。


お腹も減ったので、現地特有の飯を食おうということで「ラクサ」(約600円)たるものを食べました。柔らかい麺に……グリーンカレー?というかココナッツのようなスープを足したラーメンみたいなものです。見た目より全然辛くない。それよりセットで頼んだ烏龍茶が熱すぎる。こっちの言葉が不自由でも、普通に考えてラーメンとホットの烏龍茶飲まないだろ!辛くないのにエラい汗かきました。

↑ラクサ。見た目が辛すぎる。


腹ごしらえも終えたところで、観覧車に乗っていて見えた、巨大な植物園に行くことにしました。それはどうみても「マザープラント」みたいなボスがいるダンジョンにしか見えません。根を先に倒してリジェネ(自動回復)を出来なくしてから倒すやつだと思います。実際に入ってみると、日本にないような植物ばかりだったので、普通に楽しめる場所でした。あと遠くから見えていたマザープラントの根(仮称)は近くで見ると雰囲気オシャレでした。あとこれは人工物のはずなんですが、どうしてこんなに植物感を出せるのかが不思議な感じです。シンガポール行ったら寄っても良い場所でしょう。

↑マザープラント。気持ちのいい場所でした。


夜はやっぱり夜景が良かったですね。私自身の夜景リストは新宿くらいしかなかったので、シンガポールの夜景は新鮮でした。なんかゴージャス☆だよね。ビル立てまくったみなとみらいみたいなモノを連想して欲しい。

iPhoneでもこんな感じだから一眼で撮りたかった…


んで、ディナーはチリクラブでシメました。ちなみにチリクラブ(約12000円)というのは、蟹をチリソース塗れにしたもので、異国の地だろうが普通に高いです。チリソースの美味さが最高でした。ついでに炒飯頼んでたので、これも美味しかった。多分どれ頼んでも美味しかった。

↑チリクラブ。ごちそうさまでした。

そして眠る。
(つづく)

バイト

はじめに

みなさん、あけましておめでとうございます。
遅いですね……。この挨拶が皆さんにとって何回目なのかは分かりませんが、私は今年32回目に言いました。
年末年始、みんなゆっくりしたかったですよね。しかし現実は非情なもので、飲食・サービス業は年末まで、そして年始からお仕事が始まってしまいます。その上学生はクリスマスにはシフトを全然いれられないから、社員の方にそのしわ寄せが…なんて状況はよく見ます。今年はノロウィルスや風邪が流行り、さらに人員不足が加速したのではないでしょうか。
私の働いているバイト先もまさに同じ状況になってしまい、大変だったのでその時の話をします。

「大変」といっても、恐らく一般的な「大変」であって、社会人にとっては大したことじゃないかも知れません。私がそれでもここに書こうと思うのは、それなりに気付きがあったからです。
そういう意味では
「当たり前だろ!ただ気持ちはわかるかもな」
という風に読んでもらったら良いかなと。それでは、よろしくお願いします。

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前提
私が働いているバイト先はカフェです。ホールとして動くことが殆どで、まさに接客をしている感じでしょうか。
あと、ほぼ有り得ませんがこの記事をバイト先の人が見ていたら、色んな意味であまり気になさらないで下さい。

 

社員ってのはすげーんだ
私は今回、代打として非常に長い時間をお店と共に過ごしました。結果としてめっちゃ疲れたし、もうこんな無茶はしたくありません。でもですよ、社員の方って結構ロングで働きまくってるんですよね。なのに代打でしかない私が疲れている所を労わってもらったり、凄いリードしてくれるんですよ。自分たちだって疲れていない訳が無いのに、ホントもうすげーよって感じです。

働くことって飲食業に限らず大変なことだと思いますが、人間キツくなってくると余裕がなくなって自分のことばかりになりがちですよね。だからこそ今回は周りの大人の余裕を思い知らされました。余裕は魅せるためにあるのよ!

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体調管理は誰のために
今回代打になることで連勤を強いられたのですが、例えば代打である私が体調不良を起こせば、今度は社員さんや他の人にそのしわ寄せがきます。

「体調に気を付けてね」という言葉は、「体調を崩すと本人が辛いだろうから〜」と相手本人を直接気遣うような意味合いが強いと思います。しかし本当に体調に気をつけることで救われるのは、自分ではなく周りの人です。風邪を伝染すとか、そうじゃないかって問題だけじゃなく、人と関わっている以上、空いた穴を埋めさせる苦労をかける、そこにポイントがあります。特にそれは仕事であったり人員が必要なものほど顕著でしょう。

体調に気を付けてね、という言葉は誰かに言われてナンボ感がありますが、私は自分に言い聞かせるための「戒め」であると思います。

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↑マスクの意義を考える

コントロールできる「無理」をしよう
最近では電通の問題があったり、ブラック企業云々の話が盛んにされています。明確な線引きこそないものの、過酷な労働条件に苦しめられる人がいるのは事実であり、解消すべき問題です。ただ私が思うのは、「人間多少の無理はしてみないと、成長はしないな」ってことです。

高校時代の過ごし方は人それぞれだと思いますが、私は部活…フェンシングをやっていました。

チクチクしそうなアレ - ウキアシタタズ


そこでは色んな「無理」を自分に強いるシーンがいくつもありました。キツイ練習を続けていくこと、人間関係、上下関係、言葉遣いなど、他にも帰宅部であれば感じることもないような無理はしてきたつもりです。当時はとにかく付いて行くことばかり考えていたので、それらを「無理をしている」なんて微塵も思ってもいませんでしたが、今になって思えば結構自分に負担をかけていたんだなと。

ただ、それらの「無理」は非常に充実した時間と成長を私に与えてくれました。「キツそうだからやらない」と最初から無理を避けようとしていたら、今の私はいません。勿論部活に強制力はない上、辞めようと思えばすぐに辞められるという点では、仕事とは異なります。しかし、無理をしなければ自分の体力の限界はいつまで経っても変わらないままです。出来ないことは出来ないままです。

話を元に戻すと、ブラック企業だと言われるモノは超絶過酷な状況に加え、その「無理」をコントロールできない(させない)ことが問題であると私は考えます。幸い、私が働いているバイト先は本当にいい人ばかりだし、辛いといえばすぐにでも心配して対応してくれるような場所です。だからこそ、自分で負担をかけていく作業が必要なんだと思います。コントロール出来る「無理」というのはそういう意味です。ロングでシフトに時々入るのも、率先して代打になるのことでも、人が少しでも避けるものに敢えてぶつかっていくのもアリなんじゃないかなーなんて。

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↑最初はまず頑張ろう。

限界の時こそ踏ん張れ
限界が近づくと、人は余裕がなくなる。なんて話を先ほど少しだけしましたが、余裕がなくなると自分の負担にならないように振る舞うようになり、普段言わないようなこともグダグダ喋るようになるんじゃないでしょうか。今回はかなり忙しく愚痴を垂れる暇もなく働き続けたので、そんなこともなかったのですが、普段疲れると「つかれたー」なんて言って周りに頼っちゃうこと、ありません?
そんな自分が嫌だと気付き、疲れてるのは自分だけじゃない。と言い聞かせて、身を引き締めるようにしました。根性論も馬鹿にならないもので、職場の士気や雰囲気を下げないために必要なことです。そういうものが良くないという立場もあるのは知っていますが、それでもやっぱり、人の前でため息はつきたくないものです。社会が変わるしかないね☆

 

まとめ
今回は記事というより、働いていて思ったことを書きまくった感じになってしまいました。別に特定の目的のもとで書いたという訳でもないので、反省はありません。静岡の時も、穴の時もそうですが、やっぱり自分のキャパシティを超えてこそ発見がありますね。それこそコントロール出来る無理、という意味でこの記事とリンクしてくるかなーと。

ちなみに、これで資金を貯めることに成功したことで友人とシンガポールに行けました。それについてもまた書こうと思いますので、どうぞそちらもよろしくお願いします。(おわり)

穴を掘ったよ

ずいぶん前の話ですが、私は友人と穴を掘りに行きました。読んで字の如く、穴を掘りに行ったのです。今でもよく覚えていて、楽しい思い出だったので、今回はそれについて書きます。

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きっかけ

友達が発案者です。最初に「穴を掘らないか」と言われた時には流石に面食らいましたが、何故か断ることも出来ず、そのまますんなりと受け入れてしまったのがスタートです。メンバーは発案者(以下A)と私、そしてもう1人穴掘りが好きそうな奴(以下B)を呼んだら案の定乗っかってきたので、その3人で地面を抉り続けるハメになりました。

こんな物言いですが、発案者である彼ともう一人にはとても感謝しています。自分ひとりでは穴を掘ろうなんて思いつきませんし、たかが穴掘りでも気付けることがあると思い知らされたからです。 

準備

前もって言っておくと、私以外の2人(特にA)はとてもフリーダムな人たちです。そのため余裕で遅刻したり、犯罪者みたいな格好で来たりします。

発案者のくせに1時間遅刻したAのせいで、私は1人でシャベルを探すハメになりました。しかしシャベル(小)はあっても、大きいものは高く、無意味に穴を掘ることに払う対価としてはあまりに大き過ぎました。それに巨大なシャベルを持って歩いてなんていたら、どう考えても怪しいです。何らかの証拠隠滅を目論むような人物だとは思われたくはありませんでした。

そうして悩んでいるとき、Aがのこのことやって来ました。タンクトップ1枚に何か大きなものを背負っています。なんでしょうか。それは大きなシャベルでした。なんでそんな死体遺棄しそうな格好で来るんだ…。私が警察ならすぐに彼を職務質問するでしょう。そうして全員集まると、私たちは海岸に向かいました。

試練

昼頃集まったので、海でも見ながらご飯を食べようということになり、みんなそれぞれが好きなものをコンビニや付近のお店で購入しました。

結果から言いましょう。

全員の食料の半分が鳥の餌に消えました。

あのさぁ…餌与えんなって看板に書いてあるよね?餌与えてる間にビニールごと持ってかれたじゃん!A一人だけが滅んだならまだしも、私の食事も消えました。どうしてくれるんだ…。ちゃっかりBは守ってました。ヨコセッ!

始動

お腹が満たされることもなく、満点の日差しの中で穴を掘れる場所を探します。場所としては、掘っていて迷惑にならないところで荷物を管理しやすい、海岸の端っこの方で始めることになりました。これは英断だった。

そうび

巨大シャベル・潮干狩りの道具・小さいシャベル・サングラス

なぜAが潮干狩りの道具を持参したかはよく分かりませんが、彼の母のせいにしていたのは覚えています。どういうことだよ…。なんにしても巨大シャベル以外はあまり使い物にならず、役割を交代しながら掘り進めていくことになりました。掘る担当・砂運び担当・休憩とローテーションさせながら私たちはひたすら下に向かっていきました。

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↑潮干狩りのアレ。当然1ミリも掘れません。

挫折

穴を掘る理由も見つからないまま、私たちは同じ作業を淡々と繰り返していました。するとどうでしょうか、最初は窪みだった「それ」はいよいよ「穴」と呼称しても違いない姿へと変容を遂げつつありました。入ってみると腰が見えなくなる位の高さでしょうか。テンションの上がった3人は写真撮影などをして盛り上がっていました。しかし不幸にも数十メートル離れた所でショベルカーが一瞬で人ひとり分の穴を生み出すのを目にしてしまいます。俺らのこの時間は何だったのか…。あちらには目的も、それを確実に達成させるだけの力もあります。

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↑力こそパワーなんだよ!

……とそんな風に思っているのは私だけでした。Bはアニソンをガンガンかけながら掘ってましたし、Aは1人で砂風呂を堪能していました。実際私もそれほど意気込んではいなかったのですが、

「気張らないでいけるところまでいく」みたいな彼らのスタンスが好きなんだなと気付かされます。彼らの基準は「自分がいかに楽しめるか」です。もちろん「他人の目」が大事なシーンは多くありますが、それに疲れている人も少なくないはずです。例えばSNSだったり、就活だったりね。

そんなことを考えつつ、1人で海を見ながら黄昏ている私を彼らは容赦なく巻き込んで、また作業は始まります。

達成

後半戦になり、疲れてくることで無心で掘るようになった結果効率が良くなる。という悲しいサイクルを繰り返し、ついに3m程の深さの穴を完成させました。

穴の底で空を見上げるとハッとします。

「怖い」と。

砂が崩れてきそうとか、そういったモノへの恐怖とは違う、根源的な畏れがそこにはありました。Aはこの恐怖感を「鬱になる」と表現していましたが、確かに一理あります。

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↑一見出れそうですが、地面にスコップを刺して、その柄に乗っているので非常に不安定です。そして滑り落ちて鬱になるの繰り返し。

まず周りの音が聞こえない。そして四方が囲まれており、自力での脱出は難しい。こうしたことが恐怖を誘うのかは分かりませんが、この画像を見てもらえば少しでも伝わるでしょうか。

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↑怖い…怖くない?

「こんなおぞましいもの、消さなければ」

そんな使命感に駆られ、私たちは封印を決意します。しかしタダで埋めるのもつまらないので、人柱を用意することにしました。ジャンケンで負けた人物を埋めなければいけない。そんな強い決意がありました。結果としてはBが敗北、尊い犠牲者第1号です。埋まれ!

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↑発掘現場と化したB氏。ヨイコハマネシテハイケナイヨ。

砂浜で縦に埋まってる奴を私は初めて見ました。身動きの取れない彼で散々遊んだ後、救出に取り掛かろうとしたのですが、これ滅茶苦茶時間かかるんですね。結局日は沈み、完全に撤収したのは19時前くらいでした。掘りすぎィ!多少ギャラリーも湧いてました。

終焉、そしてーーー。 

穴を掘り、そして埋める。一見何も生まれないし、何かを失ったわけでもない。そんな無価値な行為を全力でチャレンジした私たちは何故か満たされていました。傍からすれば無駄そのものなんですが、私たちにとっては…少なくとも私には得るものがありました。

どんなことをやるにしても、それを充実させたり、面白くするのはその人自身なんですよね。無価値だも思うものに価値付けし、意味を見出すことが出来ると知りました。つまり、本人の心の持ちようで、つまらないことも有意義に出来るということです。逆に無価値だと思って惰性で実行していることそのものこそ無価値です。当たり前ですが。

生きていて実利的に得をする、損をするとか、そういうのも悪くないですが、本当に心の持ちようだけで「得だと思うこと」は増やせますし、「損だと思うこと」は減らせます。そういう自己満足を私はこれからもしていきたいと思った出来事でした。

最後だけ真面目に終わらせようとしましたが、この穴掘りは今後人には絶対勧めません。そしていないとは思いますが、絶対に真似しないで下さい。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160813/k10010634691000.html

穴掘ってしばらく経った後のニュースです。無謀な行為は……やめようね!(警告)